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大阪高等裁判所 昭和57年(う)1651号 判決 1984年6月29日

主文

原判決を破棄する。

被告人らをいずれも懲役三月に処する。

被告人らに対し、いずれもこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は被告人らの連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人太田真人作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官島谷清作成の答弁書記載のとおりであるからこれらを引用する。

以下各控訴趣意(被告人両名に共通であるから以下単に控訴趣意、論旨と称する)にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討し、順次当裁判所の判断を示すこととするが、便宜上宮川運送株式会社を単に会社と、同会社の従業員の一部をもって組織する全日本運輸一般労働組合京滋地方本部京都地域支部宮川分会を単に分会もしくは組合と略称する。

一、控訴趣意第一点(野菜売店、分会事務所の設置時期等についての主張)について

論旨は要するに、原判決は野菜売店及び分会事務所の設置時期、構造の変化、利用状況について事実誤認、審理不尽、理由不備の違法があるというのである。

しかし、建造物損壊罪は現に存在する他人の建造物を損壊することによって成立するのであり、原判決が野菜売店について設置時期、構造の変化、利用状況等を明示しなかったとしても理由不備の違法があるとはいえず、また《証拠省略》によると野菜売店では野菜販売が現実に行われていたというのであり、その状況を撮影した写真が存在しないことをもって直ちに右証言の信用性を否定するのは妥当でないばかりでなく、この点について原判決が事実を誤認していたとしても右は判決に影響を及ぼすべき事実誤認があるとはいえないし、記録を調査しても審理不尽の違法もない。

次に分会事務所について、原判決は、「昭和五三年五月中旬ころ会社構内にある会社倉庫兼ガレージの一部をベニヤ板やビニールシート等を用いて改造して分会事務所を構築し、同所に分会組合員が常駐して分会業務を執り」と判示していて、威力業務妨害罪の業務についての判示に欠けるところはなく、所論のように分会事務所が当初トラックの荷台を利用したものでありその後順次改装し、本件による取壊し当時の構造になったのが昭和五三年一二月一七日であったとしても、分会事務所が設置当初から取壊し当時まで机、電話等の設備を有して終始分会の組合業務や争議行為遂行の拠点として機能していたことは証拠上明らかであるから、原判決が取壊し当時の構造になった時期を明示せず或いは右時期を誤認していたとしても判決に影響を及ぼすべき事実誤認があるとはいえないし、記録を調査しても審理不尽の違法はない。論旨は理由がない。

二、控訴趣意第二点(共同正犯についての主張)について

論旨は要するに、原判決は被告人らに対し共同正犯の成立を認めたが、野菜売店や分会事務所の撤去の意図、撤去行為についての関与の程度等について事実を誤認し、ひいて法令の適用を誤ったものであるというのである。

しかし、原判決挙示の各証拠によると、被告人らは野菜売店の解体撤去、分会事務所の取壊しと同事務所内の分会備品、書類等の搬出を計画し、会社専務取締役宮川晴雄、会社取締役営業部長渡辺進と協議を重ねたうえ、松木建設代表取締役松木小太郎にこの事情を打明けてその作業を依頼し、その結果松木が準備した約四〇名の作業員を使役して本件各犯行に及んだことが認められるから、右事実によると被告人らが松木らと野菜売店の解体、分会事務所の取壊しを事前に共謀したことは優に肯認できる。また野菜売店は野菜、果物等を販売して組合闘争資金を得るため会社西側出入口を封鎖する状態で設置され争議行為の手段に供せられていたものであり、分会事務所は分会の組合業務の遂行、争議行為の拠点として機能していたものであるから、野菜売店を解体し分会事務所を取壊せば分会の組合業務や争議行為の遂行を阻害することになることは自明の理であり、被告人らが右解体、取壊しを共謀した以上、所論のような組合の会社に対する不法な侵害からの回復をはかる意図の有無にかかわらず、被告人らに分会の組合業務や争議行為の遂行を妨害する意図、目的のあったことを優に肯認できる。

所論は、被告人らは本件犯行現場において作業員らを指揮監督したことはないと主張するが、《証拠省略》によると、被告人宮川が作業員に対し、「早く潰せ、時間がない、早くやれ」とどなっていたことを認めるに足り、松木小太郎の検察官に対する供述調書によると、被告人江口が松木に対し「早く事務所をつぶしてくれ」と言ったことが認められ、従って被告人宮川だけでなく被告人江口も現場で指揮監督したとの原判決の認定説示に誤りはないが、かりに誤りがあったとしても被告人らについて共謀による共同正犯が成立する以上右誤りは判決に影響を及ぼすべき事実誤認であるとはいえない。

また所論は、本件解体、取壊しは猪野弁護士の命令ないし強い督勵に端を発し、松木小太郎によって計画実行されたもので、被告人らはほとんどその相談にあづかっていなかったと主張し、被告人らは当審公判廷で右同旨の供述をし、原審公判廷でこれと異なる供述をしたのは当時猪野弁護士が京都弁護士会における懲戒の申立をうけ、その手続中であったことを考慮したからであると供述するのであるが、被告人らの検察官に対する各供述調書には被告人らが猪野弁護士に相談した経緯、内容が具体的かつ詳細に記載されており、被告人らは原審公判廷においても右記載とほぼ同一の内容すなわち本件撤去の方針決定が被告人らの責任においてなされたことを供述しており、これらの供述調書の記載、供述の内容は当時猪野弁護士の懲戒手続が進行中であったとしても十分信用できるものであり、これに比し被告人らの当審公判廷における各供述はにわかに信用できない。

その他所論にかんがみ検討してみても、被告人らに共同正犯の責任を認めた原判決に事実誤認、法令適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。

三、控訴趣意第三点(本件犯行に至る経緯、目的、態様についての主張)について

論旨は要するに、(1)原判決が、「労使紛争に関し事態を会社側に有利に展開させる目的で強引になした」と説示認定したのは事実誤認であり、(2)原判決が、「分会との十分な話し合いをもつ努力を尽さないまま専ら分会との対決姿勢を強めるうち突然自ら売店、分会事務所を破壊撤去した」と説示認定したのは、被告人の立証活動を制限した審理不尽に基づき事実を誤認したものであり、(3)正当行為、正当防衛等の主張に対する判断に際し組合側の違法、暴力行為の存否について何ら判断しなかった原判決には、事実誤認、審理不尽、理由不備の違法があるというのである。

しかし、(1)については前記二において説示したとおり、争議行為の拠点である分会事務所の取壊しをはかること自体労使紛争に関し事態を会社側に有利に展開せしめることは明らかであり、また早朝多数の作業員を動員し分会側の抵抗を排除してなしたこと自体強引になしたと評価されるから、これらの点で原判決に事実誤認はない。

次に(2)については記録上原審が労使紛争の経過、交渉状況等についても命令書等必要最小限の証拠調は行なっており、審理を尽さなかったものということはできず、右命令書等によっても会社の団体交渉の態度が原判決の認定説示するとおりであったことを認めることができ、また本件撤去要請が再三行なわれたとしても、原判決は被告人らが何らの法的措置によらず実力をもって撤去に及んだことをもって「突然」と評価したものと考えられるから、これらの点につき原判決に事実誤認は存しない。

次に(3)については、記録によると原審は組合側の違法行為、暴力行為の存否について必要最小限度の証拠調を行なっていることが明らかで、審理不尽の違法があるとは認められず、また原判決が弁護人の主張に対する判断において組合側の違法行為、暴力行為の存否について明確に説示認定していないことは所論のとおりであるが、本件においては後記五において説示するとおり右不法行為の存否が直ちに正当行為等の存否についての結論を左右するものとは考えられないから、原判決がこれらの点につき明確に認定してなくても事実誤認、理由不備の違法があるとはいえない。論旨は理由がない。

四、控訴趣意第四点(公訴棄却の主張)について

論旨は要するに、組合側の数々の違法行為による業務妨害につき刑事訴追の措置をとらず、本件のみを起訴したのは均衡を著しく失し公訴権を濫用したものであるのに、何ら納得しうる理由を付せず、本件公訴の提起が検察官の裁量の範囲を逸脱したものでなく、また組合側の業務妨害につき刑事訴追の措置がとられていないことと均衡を失しないと判断した原判決には、起訴便宜主義に関する法令適用の誤り、審理不尽、理由不備等の違法があるというのである。

しかし、原判決が本件公訴提起をもって検察官の裁量を逸脱したものでなく、かつ組合側に対する刑事訴追をとらなかったことと均衡を失するといえないとした理由は、判文上明確であって、それは要するに、原判決が罪となるべき事実で認定した本件犯行に至る経緯、犯行の態様にてらすと本件自体の起訴価値は十分あり、また野菜売店及び分会事務所の設置が会社側の承認に基づかず、会社の業務が一部阻害されたとしても、野菜売店が争議行為に伴う活動の一環として、分会事務所が右活動の拠点として各設置されたことなどを考慮すると、右の点につき起訴していなくても本件起訴と均衡を失しないというのであり、右各理由は十分納得しうるものであって、原判決に理由不備の違法はなく、また原判決は分会事務所の設置等をもって適法であると判示していないこと判文上明らかであるから所論指摘の判例違反はなく、さらに、「公訴の提起を無効ならしめるのは公訴提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限る」との最高裁昭五五、一二、一七第一小法廷決定や、「当該被疑事実につき被告人と対向的な共犯関係に立つ疑のある者の一部が事実上刑事訴追を免れるという事実があったとしても被告人がその思想、信条などを理由に一般の場合に比べ捜査上不当に不利益に取り扱われたものでない限り被告人自身に対する捜査手続が憲法一四条に違反しない」との最高裁昭五六、六、二六第二小法廷判決の各趣旨にてらすと、本件が公訴棄却すべき事案でないことは明白であるから、原判決に所論のような法令の適用を誤った違法は存しない。論旨は理由がない。

五、控訴趣意第五点(正当防衛、緊急避難等の主張)について

論旨は要するに、野菜売店及び分会事務所は無権限で設置された不法占拠物件であり、右設置によって会社業務に対する侵害が時々刻々生じており、右物件の存在は企業崩壊に直結する現在の緊急な危険となっていたので、会社は右危険から企業を防衛するためやむなく右不法物件撤去を行わざるを得なかったものであるから、右撤去は正当防衛または緊急避難にあたり、そうでないとしても過剰防衛、誤想防衛または過剰避難、誤想避難に該当するのに、右物件の設置により会社の業務が阻害されていることをもって急迫不正の侵害にあたらないと判断し正当防衛等の主張をすべて排斥した原判決には、事実誤認、審理不尽、理由不備、法令適用の誤りの違法があるというのである。

しかし、野菜売店も分会事務所も、分会が昭和五三年五月ストライキに突入後間もなく設置され、その後本件犯行により撤去されるまでの約半年間その構造は変化していったけれども、その機能は終始変ることなく、野菜売店は野菜等の販売のほか会社西側出入口の封鎖の働きをし、分会事務所は組合活動の拠点となっていたのであるから、右の約半年間被告人らにおいて右各物件の設置により会社の業務が妨害され会社の崩壊に通じる危険が生じていると考えたなら、法的手段によって右撤去を求める余裕は十分あったものであり、半年間を経過した時点で突如法的手段に訴えるいとまもないほど急激な事情の変更があったと認むべき事情はないから(分会事務所の構造の変化が右事情にあたるとは考えられない)、被告人らが自力で強制撤去に及んだことに正当防衛の要件である急迫性の存在を認めることはできず、被告人らの検察官に対する各供述調書によると被告人らが仮処分等のことも考えながら結局それらの措置をとらないで本件犯行に及んだことが認められるから、被告人らが急迫性について誤信する余地はなく、従って急迫性の要件を欠く以上その余の要件について判断するまでもなく正当防衛はもちろん、誤認防衛も過剰防衛も認められないし、急迫した危難の認められない本件において被告人らの本件行為が緊急避難、過剰避難、誤想避難に該当しないことも明らかである。

原判決はその措辞必ずしも妥当ではないけれども結局右説示の趣旨をも含めて弁護人の主張を排斥したものと考えられるから、原判決に所論のような事実誤認、審理不尽、理由不備、法令適用の誤りの違法は存しない。論旨は理由がない。

六、控訴趣意第六点(正当行為の主張)について

論旨は要するに、会社に無断で会社構内に設置され、会社業務の妨害に用いられ甚大な支障をもたらす物件を再三の文書による撤去要請ののちロックアウトの通告とともに他に依頼して撤去してもらったことは会社業務に関する正当業務行為であり、またかかる物件の撤去は正当なロックアウトの一環として評価される範囲内にとどまり社会的相当性のある正当行為であるのに、これを認めなかった原判決には事実誤認、法令適用の誤り、審理不尽の違法があるというのである。

しかし、法的手段をとる余裕があるのにこの手段をとることなく、組合側の所有、管理の物件を解体、撤去することが会社の正当な業務行為といえないことは明らかであり、また使用者側において労働者の労務の受領を集団的に拒否するという範囲をこえて組合側所有または管理の物件を解体撤去することはロックアウトの範囲を逸脱しているものであるから、被告人らの本件行為をもって正当行為ということもできず、原判決のこの点に関する判断は正当であって、原判決に事実誤認、法令適用の誤り、審理不尽の違法は存しない。論旨は理由がない。

七、控訴趣意第七点(野菜売店が建造物でないとの主張)について

論旨は要するに、出入口封鎖という違法な意図のもとに設置された野菜売店は構造上も位置や用途からも建造物に該当しないというべきであるのに、その解体撤去について建造物損壊罪の成立を認めた原判決には事実誤認、法令適用の誤りがあるというのである。

しかし野菜売店が刑法二六〇条にいう建造物に該当することは原判決が弁護人の主張に対する判断で詳細説示しているとおりであって、右設置の意図、用法の如何によって建造物が建造物でなくなるいわれはなく、また野菜売店の構造、規模にてらしこれがたとえ所論のように違法な設置物であったとしてもその損壊が可罰的違法性を欠くものとは認められず、建造物損壊罪の成立を認めた原判決に事実誤認、法令適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。

八、控訴趣意第八点(量刑不当の主張)について

本件は、会社が分会と締結した労働協約を破棄したことに端を発し、分会は無期限ストライキに突入し、野菜売店を会社西側出入口に設置して同所からの出入を不能にし、倉庫内に分会事務所を設置して闘争の処点として東側出入口からの出入も牽制したため、会社の業務の運営が阻害されたので、被告人らが松木小太郎らと共謀のうえ右野菜売店を解体撤去し、分会事務所を取壊して分会の業務遂行を妨害しようと企て、作業員四〇名を指揮しバール、シノ等を使用して右野菜売店を解体撤去して他人の建造物を損壊し、分会事務所を取壊したうえ同事務所内にあった電話設備、事務机、分会事務関係書類等を会社構外に搬出し威力を用いて分会の組合業務を妨害したという事案であって、本件各犯行の罪質、動機、態様、ことに会社側において労働協約の破棄後の団体交渉等において誠意ある対応をしていたとは認め難いこと、争議の過程において法律上の手続を履行することなく突如作業員四〇名を動員し分会員の阻止を排斥して本件犯行に及んだこと等の情状にてらすと、所論指摘の争議中の分会側の行動に多々非難すべき点があったことを考慮にいれても犯情軽微ということはできず、原判決言渡時を基準とする限り被告人らを各懲役七月に処し三年間刑の執行を猶予した原判決の量刑は必ずしも重きにすぎるものとは認められない。

しかし当審における事実取調の結果によると、原判決言渡後の昭和五七年一二月二八日会社と分会との間に和解が成立し、会社が分会に対し和解金七〇〇〇万円を支払い、組合から提起していた全民事事件や不当労働行為救済命令申立事件の取下が合意され、労使間の紛争が実質的に解決したことが認められ、右事情を斟酌するとき原判決の量刑はもはや重きにすぎ、破棄しなければ明らかに正義に反すると思料されるので、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって刑事訴訟法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に則り本件につき更に判決することとし、原判決の認定した事実に原判決摘示の各法条(懲役七月とあるのを懲役三月、三年間とあるのを二年間に変える)を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松井薫 裁判官 村上保之助 菅納一郎)

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